第1 はじめに
貨物を運送する際、ドライバーには、荷主から貨物が持ち込まれるのを待機する時間(以下「荷待ち時間」といいます。)がよく発生します。
運送業界においては、この荷待ち時間が労働時間に含まれるのか、それとも休憩時間となるのかが非常に大きな問題となっており、対応に困っている運送会社の方も多くいらっしゃると思います。
そこで今回は、この問題について、行政解釈や裁判例なども踏まえながら解説していきます。
第2 労働時間・休憩時間
1 「労働時間」とは
労働基準法上の「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいいます。
「労働時間」該当性については、労働契約や就業規則などの定めとは無関係に、客観的に見て労働者が使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるか否かにより判断します。
そして、「労働時間」に該当する場合、当該時間は、割増賃金算定の基礎となります。
2 「休憩時間」とは
労働基準法は、「休憩時間」について、「使用者は、…休憩時間を自由に利用させなければならない」(同法34条3項)と規定しているのみで、明確な定義づけをしているわけではありません。
ただ、この点について、行政解釈は、「休憩時間」を「労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間」(昭和22年9月13日発基17号)と定義しており、その他の拘束時間は「労働時間」に含まれると解釈しています。
3 トラック運転手の場合
トラック運転手については、厚生労働省が、さらに以下のような2つの通達を出して、その解釈指針を示しています。
①【昭和33年10月11日基収6286号】
「トラック運転手に貨物の積込みを行わせることとし、その貨物が持ち込まれるのを待機している場合(一般に手待ち時間という)において、全く労働の提供はなくとも、出勤を命ぜられ、一定の場所に拘束されている時間は労働時間と解すべき」
➁【昭和39年10月6日基収6051号】
「貨物の到着の発着時刻が指定されている場合において、トラック運転手がその貨物を待つために勤務時間中に労働から解放される手あき時間が生ずるため、その時間中に休憩時間を一時間設けている場合にあって、当該時間について労働者が自由に利用できる時間」であれば休憩時間である
以上の2つの通達からすると、貨物が持ち込まれるのを待っているだけであっても、時間的・場所的に拘束されており、労働者が自由に利用できる時間とはいえない場合には、労働から離れることを保障されてはいないとして、「労働時間」にあたるといえます。
第3 裁判例
では、裁判所はどのように判断しているのでしょうか。以下では、トラック運転手について労働時間該当性が問題となった裁判例を3つ紹介します。
1 立正運送事件(大阪地判昭和58年8月30日労判416号40頁)
本件は、トラック運転手の食事休憩時間等が労働時間に当たるのか争われた事案で、労働時間該当性を肯定しました。
この事案におけるトラック運転手の業務は、往復300キロメートル以上の長距離の配送先まで、大型トラックを一人で運転して、劇薬(苛性カリ、苛性ソーダ等)を配送するというものでした。
裁判所は、そのような業務内容に照らすと、トラック運転手は「右長距離勤務で社外にあっては、常に、右運転車両及び積荷の管理保管の責任を負って」おり、「食事休憩時間であっても、右管理保管上必要な監視等を免れえなかった」として、労働時間に該当すると判断しました。
2 大虎運輸事件(大阪地判平成18年6月15日労判924号72頁)
本件は、トラック運転手が、目的地で荷下ろし作業を終えた後で次の作業の指示を待つ時間が労働時間に当たるのかが争われた事案で、上記時間帯は、会社の「指揮命令下に置かれていたと評価することはできず、いわゆる手待ち時間とはいえず、労働時間には該当しない」と判断しました。
ただ、この事案では、トラック運転手が目的地での作業を終えて、次の仕事の指示を待つまでの間、飲酒を伴う食事をしたり、パチンコをしたりすることもできたという事情や、配送先で会社から突然指示が来ても、それに応じるか否かは、運転手自身が決めることができたという事情がありました。
会社からの指示に対し、トラック運転手にそのような裁量がある場合は少ないと思われます。そのため、この裁判例は、上記特殊事情を考慮した判断であったといえるでしょう。
3 田口運送事件(横浜地裁相模原支判平成26年4月24日労判1178号86頁)
本件は、保冷荷物を運送するトラック運転手の、出荷先や配送先における待機時間が労働時間に当たるのかが争われた事案で、「トラック運転手の労働実態に照らすと、出荷場や配送先における待機時間は、いずれも待ち時間が実作業時間に当たり、使用者である被告の指揮命令下に置かれたものと評価することができるものであり、」その待機時間中に「トイレに行ったり、コンビニエンス・ストアに買い物に行くなどしてトラックを離れる時間があったとしても、これをもって休憩時間であると評価するのは相当ではない」と判断しました。
この事件では、「トラック運転手の労働実態」として、
・荷積みのため、工場の出荷場の列に加わる際、エンジンを切って停車するが、列が前進するごとに自車を前進させる必要があり、トラックを離れることはできなかったこと
・1回目の配送を終えて2回目の配送の荷積みのために工場に戻ると、1回目配送分の荷物の伝票を入れて報告し、2回目の荷物の伝票が来るまでの間待機することになるが、いつ2回目の伝票が出るかは知らされておらず、担当者から伝票を渡されれば直ちに出荷場に移動しなければならなかったこと
・出荷場では、常に荷出し担当者に注目し、担当の荷物が出てきたときは遅滞なく自分のトラックに運び、荷物を積み込んだ後は、扱う荷物の性質上、トラック管理のほか、冷凍機等の温度管理を厳格に行うことを要求されていこと
・配送先では、荷下ろしのための駐車スペースがない場合、一旦近くの国道等にトラックを駐車させ待機することになるが、配送先からいつ連絡があるか分からないため、トラックを離れることも携帯電話を手放すこともできなかったこと
という事情が考慮されました。
第4 具体的な対応について
以上の裁判例を踏まえると、荷待ち時間が「労働時間」に含まれるか否かの判断に当たっては、
・トラック運転手が、貨物の性質に応じた管理保管責任を負っているか(一定の監視義務を負っているか)
・一時的にトラックを離れたり、仕事用の携帯電話を手放したりすることが可能か
・荷待ち時間を自由に使うことができるか
・いつ来るか分からない会社からの指示に対して、直ちに従う義務があるか
などの事情が重要であることが分かります。ただ、上記裁判例を見ても分かるように、トラック運転手が、荷待ち時間を自由に利用することは基本的にはできないことが多いと思われます。そこで、原則として、「労働時間」に含まれると考えるべきでしょう。
労働時間について、事後的な紛争を避けるためにも、会社としては、休憩時間について明確なルールを設け、その時間については自由に利用させることや、荷待ち時間に関しては実質的に作業をしていない以上、通常とは異なる賃金にするよう労使間で合意を形成するなどの対策を取る必要があると思われます。
第5 終わりに
冒頭でも述べた通り、トラック運転手の荷待ち時間の労働時間該当性については、昨今、大きな問題となっています。
具体的な対応についてお困りの方は、この分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。
Last Updated on 2024年1月24日 by segou-partners-logistic