1 はじめに
競業避止義務とは、使用者と競合する企業に就職する行為や、自ら開業する行為等を行わない義務のことをいいます。もっとも、法律上明文の規制はないため、競業避止義務違反にあたるか争いになることが多いです。以下では、運送業における退職後の競業制限の有効性、競業行為に対する損害賠償請求等の措置について説明していきます。
2 退職後の競業避止義務
在職中の場合、就業規則や労働契約における特約の有無にかかわらず、使用者と労働者の間には信頼関係を前提とする継続的契約関係にあることから、競業避止義務を負うものと解されています。
他方で、退職後については、就業規則や労働契約等の特別の定めがある場合に限って、それらの約定に基づいて競業避止義務が認められます。もっとも、これらの約定は、企業秘密の漏洩や顧客の競合を防ぐといった使用者の利益を守るものである反面、退職労働者の職業選択の自由(憲法22条)を制限するものであって、競争制限によって独占集中を招き一般消費者の利益を害することから、その有効性が問題となります。
この点、裁判例は、競業の制限が合理的範囲を超え、退職労働者の職業選択の自由等を不当に拘束する場合には、その制限は無効となると判断しています(奈良地判昭和45年10月23日)。ここでいう「合理的な範囲」は、競業制限の期間、場所的範囲、制限対象となる職種の範囲、代償の有無等を基準として、使用者の利益、退職労働者の不利益、社会的利害の3つの視点から判断されます。
さらに近年では、①守るべき企業の利益があるかどうか、①を踏まえつつ、競業避止義務の内容が目的に照らして合理的な範囲にとどまっているかという観点から、②従業員の地位、③地域的な限定があるか、④競業避止義務の存続期間、⑤禁止される競業の範囲に必要な制限が設けられているか、⑥代償措置が講じられているかといった側面から、競業制限の有効性が判断されています。
運送業の業界においては、他社の社員を引き抜くことは良くあることであるとして、競業避止義務違反を否定した裁判例(大阪地裁平成11年1月28日)などがあり、退職後の競業制限の有効性は厳格に判断されるものといえます。
3 競業行為に対する措置
(1) 損害賠償請求
上記のとおり、退職後については、競業制限の特約がない場合、競業避止義務は負いません。
しかしながら、元従業員が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、雇用者の顧客等を奪取した場合、あるいは、雇用者に損害を与える目的で一斉に退職して会社の組織的活動等が機能しえなくした場合、不法行為に基づく損害賠償請求ができます。
裁判例においては、バイク便事業は、競争が激しく、正確かつ迅速に仕事を処理する会社に仕事が発注されるものであり、他社に仕事を取られることは珍しいことではないこと、ライダーはその身分が不安定であり、もともと特定のバイク便会社に長期間勤務するかどうかについては不確定な立場であって、個々のライダーが他のバイク便会社に移ることについては、基本的には何の制約もないものであることから、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した行為とみることはできないとして、不法行為に基づく損害賠償請求を否定したものがあり(東京地裁平成6年11月25日)、運送業界において、競業行為による損害賠償請求が認められるケースは限定的であるといえます。
(2) 競業行為の差止め請求
退職後の競業行為の差止めは、退職者の職業選択の自由を直接侵害する措置であるため、競業制限の合理的理由が認められ、合理的な範囲内での競業制限特約が存在する場合に限り、差止めを行うことができます(奈良地裁昭和45年10月23日)。
(3) 退職金の不支給
競業制限特約に違反した場合に、退職金を減額もしくは不支給とする就業規則の規定を設けることがありますが、多くの場合、当該規定の有効性が問題となります。
裁判例では、退職金の不支給・減額規定は、退職労働者に労働の対償を失わせることが相当と考えられるような背信性がある場合に限り、有効であると判断しています(名古屋高判平成2年8月31日)。
4 まとめ
以上のとおり、運送業においては、退職後の競業制限特約の有効性や、競業行為に対する措置が争いとなることが多くあります。労働者の競業行為によって、会社に損害が生じている場合、損害賠償請求などの措置が採れる可能性がございますので、是非弁護士にご相談ください。
Last Updated on 2024年5月21日 by segou-partners-logistic